シネマコリアの代表が、韓国映画と格闘する日々をつづります


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M氏からの手紙 『懐かしの庭』~光州から安田講堂へ

 シネマコリア2007東京会場の『懐かしの庭』ティーチインのおり、「主人公の娘ウンギョルと自分の境遇が重なって、深い感銘を受けた」と発言された方からの追伸です。

 今回のラインナップは、まさに韓国の近現代史を一望する構成となりましたね。中でも最も印象深かったのは、イム・サンス監督の『懐かしの庭』でした。というのも、ティーチインの時にも申しあげたように、自分と我が家の実体験とダブって見えたからです。

 実は自分自身、「実の父親」と初めて会ったのは20歳を過ぎてからでした。きっかけは当時観たテレビ番組で、しかもその番組の内容は1969年の「東大安田講堂事件」に立てこもった学生たちのその後の人生を探る…という切り口でした。実の父親は「東大安田講堂事件」で、実際に安田講堂に立てこもった学生の一人で、どうも全学共闘会議(全共闘)の数あるセクトの幹部だったようです。ただし当時の実父は東大生ではなく、よその某私立大生でした。実父いわく、「実際に安田講堂に立てこもっていた学生は、よその大学の学生ばかりで、生粋の東大生はほとんどいなかった」そうです。

 自分は1972年生まれですが、戸籍上では実の父親と母親は、自分が5歳の時に離婚したことになっています。なので現在の姓を使いだしたのは、母親の再婚後です(一時期は母方の姓を名乗っていたこともあるので、自分は都合3回、姓を変えていることになります)。その上、20歳を過ぎるまで、「実の父親」の存在自体も知らされずに育ってきました。

 両親の離婚の原因は、実の父親が安田講堂事件で実刑判決を受けたからだと思われます。セクトの幹部だとのことで、実の父親に下った判決は、その他の学生に比べて、かなり重かったと聞いています。

 多少話は逸れますが、母方の祖父は憲法学者として長年、大学で教鞭を取っていました。つまり“体制側”の大学に籍を置く祖父と、“反体制”を叫ぶセクトの幹部だった実の父親が、義理の親子関係にあったわけです。このような矛盾が、両親が離婚に至った背景であっただろうことは、想像に難くありません。

 話を戻しますと、『懐かしの庭』のラストとは違って、自分は前述のテレビ番組をきっかけに、自発的に実の父親に会いに行ったのですが…

 対面の瞬間はやっぱり緊張したことを覚えています。でも、その後、幸い実の父親とは結構こまめに連絡を取り合っていますし、先方の新しい家族にも、何度か会っています。

 『懐かしの庭』のラストでは、主人公と娘のその後の姿は描かれていませんでしたが、イム・サンス監督は一体どんなイメージを持っていたのか、ティーチイン時に質問すべきだったと、ちょっと心残りです。

 日本の映画界では、連合赤軍事件は別として、全共闘運動をテーマにした映画は、まだ作られていないように思えます。全共闘運動そのものが“総括”し切っていないのか、“総括”できないのかは分かりませんが、どこかタブー視されている感じがします。

 これに対し、韓国の映画界の優れた点は、『シュリ』にしろ『JSA』にしろ、タブー視されがちな事柄に、果敢に挑んでいくことだと思います。イム・サンス監督の『ディナーの後に』『浮気な家族』『ユゴ 大統領有故(原題:その時、その人々)』といった一連の作品も、まさに同様でしょう。フランスで撮られるという次回作も、個人的には非常に楽しみです。

 来年もこうした「考えさせ」「あれこれ語ることのできるような」作品を、是非上映して下さいますよう、いち観客として勝手な意見を述べさせていただきました。
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by seochon | 2007-09-07 08:54