シネマコリアの代表が、韓国映画と格闘する日々をつづります


by seochon
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四三事件、映画化

 『パッチギ!LOVE&PEACE』を見る。

 舞台は1970年代の東京。前作に続いて、在日の兄妹が主人公。我が子の病気を直すため奔走する兄、芸能界デビューする妹、そして戦時中、徴兵から逃れてヤップ島へたどり着いた二人の父親の物語が、ばらばらに進行しつつ最後に一本の糸へと紡がれていく。

 アンソンとキョンジャ兄妹は京都出身。父親は済州出身。1923年、済州・大阪を結ぶ定期便として君が代丸が就航した。そんな関係もあり、大阪の在日には済州出身者が多い。ちなみに、崔洋一監督の『血と骨』はこの君が代丸に乗って島民が済州から大阪へ移住してくるシーンから始まる。

 登場人物の台詞の中で、1948年に済州島で起こった「四三事件」についても、ちらりと言及されていた。四三事件は非常に複雑な事件で、詳述することは避けるけれども、簡単に言ってしまうと、解放後、右派と左派の政治闘争の中で発生した島民虐殺事件。難を逃れるために、日本にやってきた人も多いと聞く。

 アンソンとキョンジャの父親がどういう経緯で日本にやってきたのかは映画では描かれていない。が、想像をたくましくすると、戦中、徴兵を逃れてヤップ島へ、解放後済州へ戻るも、四三事件に遭い、君が代丸に乗って大阪へ、そして京都へ。こんな感じだろうか。


 済州島出身者を描いた作品がもう一つある。シネマコリアで配給している『まぶしい一日』の第一話『宝島』が、それ。監督のキム・ソンホは、在日二世のドキュメンタリスト梁英姫(ヤン・ヨンヒ)とニューヨークで同じ大学に通っており、非常に親しい間柄。彼女から聞かされた在日の話しをモチーフに作ったのが『宝島』だ。ちなみに、梁英姫は昨年劇場公開された『ディア・ピョンヤン』の監督。この作品、監督本人と朝鮮総連の幹部だった父親との和解を描いたドキュメンタリーなのだが、彼女の父親は済州の翰林(ハルリム)出身。そして、『宝島』は、日本人の女の子が、戦争中おじいさんが埋めたという宝物を探しに済州の「翰林」にやってくるというストーリー。

 翰林は、四三事件の虐殺現場となった土地でもある。翰林を舞台に映画を撮るということは、それすなわち、その映画は四三事件の追悼の意を込めて制作されていると解釈できるとも聞く。書籍版『ディア・ピョンヤン ~家族は離れたらアカンのや~』(梁英姫著、アートン、2006年)によると、梁監督の父親が日本にやってきたのは1942年頃。そして「解放後、なぜ済州島に帰らなかったのかも聞いていない(同書25頁)」そうだ。理由はいろいろあるだろう。けれど、四三事件の影響もやはりあったのだろうと思う。

 キム・ソンホは、故郷の済州へ帰りたくても帰れなかった在日に対するオマージュという意味も込めて『宝島』を作ったのだろう。元々の企画では日本語の台詞は「大阪弁」だったという。


 今年、光州事件や老斤里(ノグンリ)事件を描いた作品が製作・公開されている。前者はイム・サンスの『懐かしの庭』と、7月公開予定の『華麗なる休暇』。後者が『小さな蓮の池』。ちなみに、老斤里事件とは、朝鮮戦争のさなか1950年7月に起きた米軍による韓国民間人虐殺事件のこと。いずれも軍事政権下ではタブーとされていた韓国現代史の恥部だ。特に光州事件については民主化以降何度か映画化されている。が、これらに匹敵するほどの大虐殺事件だった四三事件についてはドキュメンタリーはあるものの、私が知る限りでは商業映画にはなっていない。それが、なぜなのか?という考察はひとまず置いておいて、『パッチギ!LOVE&PEACE』と『宝島』を見ていて思ったのは、四三事件を本格的に描いた映画が作られるとするならば、それは日韓合作で、在日が主人公になるのではないか?ということだ。
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by seochon | 2007-05-23 03:45