シネマコリアの代表が、韓国映画と格闘する日々をつづります


by seochon
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監督、呼びました?

 日曜、カツヲうどんさんのレビューをシネマコリアのウェッブサイトで公開する。今回のメイン・レビューは、崔洋一監督の『壽(ス)』

 最近無性にスクリーンで見直したいと思っている作品に『オールド・ボーイ』と『殺人の追憶』がある。どちらも劇場で見ているのだけれど、なぜかもう一度見たい。見直せば確実に新しい発見があるような予感がする。と、思っていたところに、『壽(ス)』のレビューの次の一節が目に飛び込んできた。
この作品が持つ感性は実質「日本映画」であり、監督&脚本の崔洋一もまた純然たる日本の監督である、ということです。(中略)かつて韓国映画では、パク・チャヌク監督の『オールド・ボーイ』が同じような個性の作品として成功を収めましたが、正直言って完成度、映画監督としての手腕は雲泥の差であり、『壽(ス)』の方が遥かに上です。

 いつもながら、竹を割ったようなカツヲうどん節。

 月曜、図書館で『文藝春秋』の6月号を読む。崔洋一監督の「韓国映画撮影記」なる手記が掲載されているのを発見。ふむふむと熟読。帰宅の途中、本屋で『キネマ旬報』の最新号を読む。ここでも『壽(ス)』に関連した崔洋一監督のインタビュー記事が掲載されている。ほほぅと立ち読み。家に戻るとKOFICが発行している英文誌『KOREAN FILM OBSERVATORY』のカンヌ映画祭特集号が配送されていた。なんと、ここにも崔洋一とパク・チャヌクの『壽(ス)』対談が掲載されている。偶然にしてはあまりにもよくできすぎている。

 崔洋一監督、ひょっとして呼びました?(^^;


 という冗談はともかく、『文藝春秋』の記事にいくつか面白い記述があった。

1.「予定調和になっている韓国映画界に新風を吹き込んで欲しい」との韓国側からの手紙に心打たれて仕事を引き受けた。
2.プロデューサーに会ってみるとまじめな感じのエリートなのだが、「どうも映画作りの現場を知らない臭いがする」
3.「ギャラは日本の二倍弱、成功報酬は配給収入の10%」

などなど。

 成功報酬が配給収入の10%ってスゴイですね。観客100万人動員で「成功」と仮定すると、韓国の平均映画鑑賞料金は6,000ウォンなので、興収60億ウォン。半分が配収として30億ウォン。その10%で3億ウォン。日本円にして3千万円弱。『グエムル』クラスのヒットになったら監督の成功報酬3億円弱ですねん。あくまで世界的にも有名な崔監督だからの契約条件で、ぽっと出の新人監督だったらこうは行かないと思いますが、日本と比べてかなりいいんじゃないでしょうか。

 また、シナリオ執筆の過程がなんとも笑える。ざっと概略を書くとこんな感じ。

 スタイリッシュなハードボイルド作品だったはずが、作家Aが書いた初稿は韓国情緒たっぷりの異常なまでの兄弟愛と復讐劇のサンドイッチだった。作家Bが共同脚本として参加し二稿、三稿とあがるも、どれもステレオタイプでダメ。全く別の作家Cから稿があがって来るも『キル・ビル』の剽窃。あきらめて、降板を申し出ると「監督が降りると出資金を全額、出資者に返還しなければならない」と泣きつかれ、結局書き下ろしに近い形でシナリオを自ら直した。。。

 韓国映画のクレジットを見ていると、「脚本」に大勢の名前が出ていることがありますが、かならずしも共同脚本ではなくて、色んな人の(全く異なる)色んな稿があり、そのどれかが採用されているケースもあるようです。『壽(ス)』もそんな一例なんでしょうか。

 キネ旬の記事には、現場のスタッフはすぐ辞めるが、補充はいくらでもいる。新人が頭角を現しやすい環境だが、悪く言うと使い捨て。ある程度経験を積んだスタッフがいないとマズイのではないか?といった指摘もあり、これまたいとおかし。


 崔洋一監督、話し手としても一流なので、『壽(ス)』上映の後、日韓映画製作の違いをテーマに、監督トーク2時間とかやったら、それはそれは面白いでしょうねえ。韓国映画界と共に日本映画界の問題点があらわになるはずです。そして本当の意味での日韓コラボのあり方、可能性が示唆されるはずです。どこかやってください!!!と珍しく他力本願。(^^;
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by seochon | 2007-05-22 02:11